病理医不足
2003年6月16日の朝日新聞の朝刊に「病理医の地域偏在を是正するた めに,病理医不在施設に他施設から病理医を配置することを日本病理学 会が行う」という趣旨の記事が掲載されましたが,病理学会は,「これ は記者の誤解である」という表明をしています.考えてみれば,当然で す.病理医各人の意思に関係なく,病理学会が病理医を色々な地域に派 遣することなど出来るはずありません.また,もし本人の意思に関係な く病理医が派遣されたとしても,派遣された病理医が地域のために医療 を行うとは考えられません.確かに,中央組織である日本病理学会が地 域に目を向けて,医療の地域格差を是正していく方針を打ち出すのは良 いことだと思います.しかし,地方分権が叫ばれている今日,中央主導 型では時代錯誤です.地域のことはできるだけ地域で解決し,地方だけ では不可能なところを中央がバックアップするというのが理想だと思い ます. それでは,なぜ病理医は少ないのでしょうか?私なりに色々な理由を 考えてみました.昔の病理医というのは「貧乏」「酒飲み」「変人」と いうのが,一般的であったようです.私はどうかと申しますと,「酒飲 み」は確実にあてはまります.「変人」というのも,医学部卒業生100 人中1,2人しかならない職業を選んでいるのですから,そうかもしれま せん. 「貧乏」は卒業してからすぐに病理の大学院に入ったため,卒業して4 年間は同級生の医師よりは収入がかなり少なかったのは事実ですが,現 在は他科の医師とほとんど変わりありません.私の職場にいる他の病理 医の先生方に目を向けると,けっして「貧乏」ではありませんし,「酒 飲み」も少なく,どちらかというと「飲み会」を好まない人が多いよう です.「変人」に関しては私と同様,人のあまり入らない職業を選んで いるところはあてはまるかも知れませんが,飛び抜けた「変人」ではお りません.ということは,病理医が少ないのは「貧乏」「酒飲み」「変 人」が理由では無いのかもしれません. それでは他の原因は何でしょうか.「患者さんを診ない」ということ は一つの大きな原因だと考えられます.多くの医学生は,患者さんと接 して医療を行いたいと思っています.病理医は医療現場では患者さんと 接することがないため,医学生にとっては「医者っぽくない」存在であ り,「医師のための医師(裏方)」という認識が強いのです. また,病理は医学生にとって,はじめて多くの疾患名を暗記しなくて はならない科目であり,更にあまり見慣れない(見たくない?)顕微鏡 を見させられるので,アレルギーをおこす人が多い学科なのです.現在 病理となった私でさえ,病理実習の時には顕微鏡を出さず私語にうつつ をぬかし,教官に注意されていました.卒業間際の医学生に「病理はど う?」と勧誘すると,「難しそうなので・・・」と答え,画像診断に進 路を選ぶ学生が多いのも現実です. その他に考えられるのは,病理学教室所属の教室員が少なく,他の臨 床系の様に新入局員勧誘キャンペーンを展開できないことが要因の一つ と考えられます.医師というのはこんな不況下においても,医師免許さ え持っていればどの科でも本人の意思通りに入れるのです.言ってみれ ば,売手市場です.こんな状況ですので,各科では新入局員勧誘キャン ペーン活動を必死になって行います.新入局員勧誘会では医学部6年生 は無料で飲食が出来ます.さらに,本当に人手の足りない医局では,勧 誘会で入局を匂わせた学生に対して,正式な入局宣言が得られるまで, 毎日,玄関の所に寿司をぶらさげて勧誘したという逸話も残っています. 一方,病理学教室では医局員の人数が少なく,また,新卒業生との間 に学年ギャップがあるため,勧誘するのが難しいという状況があります. 群馬大学は全国的に珍しいと思うのですが,近年,平均して年に1人ぐ らいの新入局員が入っています.学年の近い先輩が入局することで,新 卒業生との間に学年ギャップがなく,勧誘を行いやすいという好循環が 生み出されているのかもしれません. |