免疫組織化学
近年,病気の分類が複雑となり,それに伴い病理も病気を細分類する 必要が出てきました.たとえば悪性リンパ腫であれば,以前は非ホジキ ンリンパ腫か,ホジキンリンパ腫かの2種類に大まかに分けられれば良か ったのですが,最近では,T細胞系なのか,B細胞系なのか,さらに,そ の中でも細かく分類が分かれており,cyclin D1,bcl-2,ki-1などとい った蛋白質の発現があるのか,ないのかなんてことが問題となります. この蛋白発現を検出するのに役立つのが免疫組織化学です.名前を聞く と,大層な事をしているように感じると思いますが,簡単にいうと組織 標本上で,蛋白質の発現を可視化する技術です.動物に本来備わってい る免疫という,自己と非自己を認識する機構を応用して蛋白質の発現を 検知します. 免疫とはどのような機構かと申しますと,抗原抗体反応を利用した侵入 者の排除機構です.抗原とは,簡単にいえば自分の中に入り込んできた 侵入者(物質)で,抗体とは,この侵入者に対するガードマン(物質) です.ガードマン(抗体)は,侵入者(抗原)が,自宅(体内)に入り 込んだら,すぐに捕まえてくれる存在なのです.一種類の抗体(ガード マン)は,通常一種類の抗原(侵入者)のみを,認識しており,自分の 担当以外の侵入者を逮捕しません.この反応を特異反応といいます.こ の特異性は素晴らしい点と,不便な点があります.素晴らしい点は,1種 類の抗体が,1種類の抗原を認識しているので,一度認識した抗原が,二 度目以降進入を試みた時に,素早く認識して捕獲し,体内環境を外敵の 進入から守ってくれます.この様に,抗原は体内に入ってきた異物(病 原菌など)に対して,素早く反応して排除するため,一度かかった病気 (おたふく等)には,再度感染しにくくなるのです.しかし,形を変え る病原菌には,この免疫機構は無力なのです.インフルエンザがその代 表です.インフルエンザは流行する度にその形を変えています.という か,形が変わるから,流行するのです.人間の免疫機構では,一度かか った同じタイプのインフルエンザになることはごく稀なのですが,形を 変えて侵入されると対応できません.この免疫機構の盲点をついて体を むしばみ,更に,免疫機構を破壊する恐ろしい病気がAIDSです.AIDSは 体内に感染すると,人間の免疫を担当する細胞(ヘルパーT細胞:リンパ 球)に感染します.そして,感染した細胞の中で,自分自身のコピーを 増やして,更に,他のリンパ球に感染していくのです.通常,体内に侵 入したウィルスは,免疫担当細胞によって,発見され排除されるのです が,AIDSウィルスは自らの形を変化させて,捕まらないようにしていま す.そして,さらに悪いことに,AIDSウィルスが感染する細胞は免疫担 当細胞です.感染するだけなら良いのですが,感染してウィルスが増殖 した後,ウィルスは細胞を破壊して,細胞外に出てきます.このため, 感染した免疫担当細胞は,どんどん死んで数が減っていくのです.この ため,感染した人は後天性(生まれた後で)免疫不全(免疫システムが 不能)になるのです. ちょっと話が逸れましたが,免疫システムは基本的に一つの抗体が一 つの抗原を認識して捕獲するシステムなのです.このシステムを染色に 利用したのが,免疫染色です.人間の細胞の中にある特定の蛋白を抗原 として,抗体を反応させ,この抗体を抗原として,更にもう一つの標識 済(化学反応で発色する)抗体を反応させる間接法を,私の研究室では 用いています.抗体には大きく分けて2種類のものがあり,一つはモノク ローナル抗体で,もう一つはポリクローナル抗体です.モノクローナル は一つの抗原に一つの抗体のみが反応するもので,ポリクローナル抗体 は一つの抗原に複数の抗体が反応するものです. 私の研究室では,モノクローナル抗体はネズミ(マウス)のものを, ポリクローナル抗体はウサギ(ラビット)のものを使用しています.し たがって,標識済抗体には抗マウスおよび抗ラビット抗体を用います. 免疫染色の方法は2日法を用いて行っています.はじめに薄切した切片を シランコート(接着剤を塗った)スライドガラスに張り付けます.これ はこの後の作業で頻回に水洗を行うため,標本が剥がれないようにする だけでなく,熱処理をしても標本が剥がれないようにするために使用す るスライドガラスなのです.なぜ熱処理をするかというと,抗原を抗体 に認識させやすくするためです.抗体によってはこの処理を行わないと 抗原に反応しないものがあります.熱処理の方法にはオートクレーブ( 圧力釜)とマイクロウェーブ(電子レンジ)があります. 熱処理の後,検出したい蛋白に対する特異抗体を切片にまんべんなく塗 り,冷蔵庫の中でゆっくり夜通し,蛋白(抗原)|と抗体を反応させま す.冷蔵庫の中というのもミソの一つです.プロトコールによっては室 温で2時間なんてものもありますが,染色の安定性がイマイチです. なぜイマイチかと申しますと,私の大学の研究室は室温管理が悪いか らです.暑い日は暑く,寒い日は更に暑い.こんな環境ですので,実験 をする季節により温度差は20度くらいになります.抗原抗体反応も,化 学反応です.温度が変われば,反応速度も変わります.この様に,室温 管理が悪い我が研究室では,冷蔵庫といった温度管理のしっかりとした 空間で,抗原抗体反応を行うのです. 次に気を付けなくてはならないのが湿度の管理です.抗体は標本にま んべんなく塗っても60〜120μl程度の量です.乾燥した部屋,冷蔵庫で はすぐに乾いてしまいます.このため,標本に抗体をかけた後,抗体反 応用の容器を開けっ放しにしておいてはいけないのです.そして更に, この容器の中には水で湿らせた紙を敷いておき,湿度を保ちます.この ように湿度管理を十分にした上で,冷蔵庫の中で一晩(12〜18時間)反 応した後に,反応せずに残った抗体を洗い流します.抗体を洗い流した 後,一次抗体に対する二次抗体を室温で30分程度反応させます.その後, また洗い流し,今度はDABという発色剤を標本にひたし蛋白の存在してい る場所を発色させて蛋白を検出します. |